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人間の偉大と悲惨を知る - 遅塚忠躬 『フランス革命−歴史における劇薬』(岩波ジュニア新書295)雑感 -

2022年09月05日

書評
フランス革命
世界史
遅塚忠躬
4005002951

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 本というのは内容が大事なのであるから外見や肩書はそれほど重要ではないと考えたくなる。しかし、本の表紙は手をとるきっかけになるし、出版社名やシリーズ名が必ずしも本の内容のクオリティを担保しないのだけれども、それでも一応それなりの権威があるので読むときの参考にはなるであろう。それゆえ、たとえば中公新書は他の新書に比べてそれなりに権威があるとか言ってしまうこともある。ここで問題になるのはシリーズ名が内容にふさわしいかということであろう。今回紹介する遅塚忠躬 『フランス革命 − 歴史における劇薬』(岩波ジュニア新書 295)は「ジュニア新書」というシリーズ名がついているもののその内容や構成のクオリティがとても高く、ジュニアという字面で侮ってはいけない。まずは本書の構成を紹介しよう。

 第一章「革命の偉大と悲惨」ではフランス革命がもっている偉大な面と悲惨な面の二面性が論じられる。この二面性についてまず考えられる仮説は「革命二分説」である。つまり、フランス革命を前半と後半にわけて、最初はよかったがあとでわるくなったと考えるのである。しかし、この仮説では前半では選挙権が与えられた人が一定の財産を持つ人に限られていたことや、むしろ後半に基本的人権の原理が推し進められていたことをうまく説明できない。本書が提案するのはフランス革命はひとつのブロック、かたまりとして考えたほうがよく、革命の悲惨な側面はいわば「劇薬」の作用として考えるという仮説だ。フランス革命は古い社会を変革する作用があったが、この作用が同時に恐怖政治の悲惨さを生み出したのである。

 第二章「フランスではなぜ劇薬が用いられたのか」ではそんな危険のある革命がなぜ生じることになったのかを調べるために当時のフランスの状況が記述される。まず論じられるのはフランスが行き詰りにあったということだ。当時のフランスはイギリスの産業革命によりフランスが経済的に後進国の地位に転落したことや、その危機感から戦争を望む声が生じたなど不安的な状況にあった。こうした対外的な面だけでなく、国内においても身分の区別から税金を免除される貴族などの特権身分がある一方で、平民にたいしては重い税が課せられていた。本書が強調しているのは革命の担い手として二つの社会層があったことだ。ひとつは富裕なブルジョワであり、もう一つは貧しい民衆や農民である。この二つの社会層はともに貴族でも聖職者でもない第三身分という点で一致しているが、お互いに反発していた。ともにフランスの旧体制を打破したいという目的はあった。しかし、貿易業者や金融業者であり資本主義を推進する立場にあるブルジョワは同時に身分を買える制度の存在により旧体制に取り込まれがちでもあった。他方で民衆や農民などの大衆は旧体制のしわ寄せを一気に受けていたのである。それゆえこうした大衆がフランス革命のおもな担い手であると考えられるが、新体制の社会をどう描くかは大衆のみでは不可能であった。フランス革命の課題とは資本主義を推進するブルジョワとそれに反対する大衆との利害調整をどう解決するかだったのである。

 第三章「劇薬はどんな効果をあげたのか」ではフランス革命という劇薬がどのようなポジティブな効果を与えたのか、フランス革命が実際どのような流れで進行したのかも説明される。まず主要な登場人物としておさえておきたいのは、貴族、ブルジョワ、大衆である。貴族は王権にたいする反抗運動を行うものの、二つに分裂し反革命派と、ブルジョワと合流し、妥協的な革命を行うものとにわかれる。他方で大衆には旧体制打破と資本主義への反対という二つの目標があるが、ブルジョワは前者には賛成するが後者には反対するという状況であった。ここでブルジョワは貴族と手を組んで妥協的改革の道を選ぶか、大衆と組んで徹底的革命の道を選ぶかを選択しなければならなかった。こうした状況下でブルジョワは最初は貴族と手を組むものの長続きせず、今度は大衆と手を組むもののそれも長続きせずという状態になりながらも結果的には貴族と大衆がそれぞれ望んでいたものの中間地点、つまりブルジョワが望んだ資本主義の発展に適した社会に落ち着くことになる。自由競争のための独占や談合の禁止はフランスの次の時代にも継承されることになる。他方で、デモクラシーの原理が定着し、福祉国家の原理となる生存権の優位や公的扶助の義務もフランス革命の遺産であると言えるだろう。

 第四章「劇薬の痛みについて考える」ではフランス革命のネガティブな側面に光を当てる。ここで紹介されるのは大衆の暴力や議会政治が機能不全に陥ったことである。興味深いのは「痛み」である独裁と恐怖政治に向かう動きは大衆運動から生じているのだけれども、独裁と恐怖政治という形態はつねに議会によって定められていたということである。複雑な利益の対立ゆえに話し合いで解決することの困難さや相手に「エゴイスト」というレッテルを貼る傾向などにより独裁と恐怖政治は確固たるものになっていく。こうした恐怖政治による犠牲者の数は数十万人もいるのだという。

 第五章「人間の偉大と悲惨」では本書の中心テーマとなっている劇薬としてのフランス革命を生み出したものはなんであったかが論じられる。本書では革命は人間の尊厳を回復する所業であったこと、そしてそのために彼らが残酷な行為を行ったことを指摘し、その奥底にある無数の大衆の情念の存在にふれている。そして歴史をわれわれが学ぶ意味は歴史のなかに生きた人間たちの偉大さと悲惨とをしって思いを巡らすことでもあるということを論じている。

 以上が概要である。本書はフランス革命という出来事がもっている二面性やダイナミズムを描くすぐれたものである。なによりも語り口が優しく、熱意があるもので若い読者に込められた著者の期待を感じる。そして革命という出来事にある複雑な対立や流れをダイナミックに描くことで歴史、そしてそれを紡ぐ人間の生をも描こうとしている。歴史学でまず読むべき一冊なのではないだろうか。

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