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技術と倫理の微妙な関係 - 『ロボットからの倫理学入門』雑感 -

2022年07月11日

書評
ロボット
倫理学
久木田水生
神崎宣次
佐々木拓
4815808686

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 世の中の問題は技術の進歩と切り離せないように思われる。技術が進歩すると社会やわれわれの生活はとても便利になるということは明らかだろう。インターネットやスマートフォンの技術の発展はわれわれの生活のあり方それ自体をかえてしまっている。われわれのコミュニケーションは直接会ってその場で決まった時間だけ交流するものだけでなく、スマートフォンや SNS を通した間接的で常に繋がった状態のコミュニケーションも含むようになってきた。こうした IT の分野から AI によるビジネスの変化、もっとグローバルな視点から考えると自立型兵器の導入による戦争の変化など、技術の進歩の問題はわれわれの世界のあり方を変化させ、結果的にわれわれの世界について考え方、とくに価値観や倫理の問題について再考する機会を生じさせる。

 こうした問題について考える際に手がかりになると思われるのが『ロボットからの倫理学入門』(名古屋大学出版会)である。本書は大きく分けて二部構成になっている。前半の I 「ロボットから倫理を考える」では抽象的な観点から倫理学の理論の紹介を行っている。後半の II「ロボットの倫理を考える」では具体的なロボットの問題について倫理学的なアプローチを行っている。このように本書はロボットと倫理の関係について抽象的な観点と具体的な観点から考察を行うという特徴をもっている。ここで気になるのは本書で言及される「ロボット」とはどのようなものなのかについてであろう。本書ではロボット技術を広く考えて、人の形をしたロボット(ケア・ロボットやコンパニオン・ロボット)、遠隔操作される器械、人工知能もすべてロボット技術の一部であると解釈している(iv 頁)。それゆえ本書で取り上げられる題材は幅広いものになっており、われわれの生活や社会に関わるものを完全ではなく包括的に考えようとしている。

 では具体的に本書の内容を見ていこう。

 第一章「機械の中の道徳」では機械が道徳的であるためには何が必要かが考えられている。アシモフの「ロボット三原則」からはじまり、道徳は計算可能なのか、あるいは感情が必要なのかといった議論がなされる。ここで重要なのは道徳的な規則に従っているような「道徳的に」みえる機械を作るのではなく、本当に道徳的に機械を作るためには価値を理解し、機械自身が利害関心をもつこと、さらに単に規範に従うだけでなく、その規範を疑いときには違反することも必要だということだろう。機械が道徳的に振る舞うための道のりはまだまだ長いのである。

 第二章「葛藤するロボット」では倫理学の主要な立場について解説される。とはいえここでは倫理学全体の議論を行うのではなく、大まかに功利主義、義務論、徳倫理の三つが主に論じられている。これら三つの立場のうちどの説も欠点を抱えているのだけれども、倫理学の目的は倫理についてのより深い理解をもたらすということが述べられている(50 頁)。

 第三章「私のせいではない、ロボットのせいだ」は道徳的行為者性と責任について紹介されるが、本章は本書のなかでもかなり抽象度が高いうえに議論もテクニカルで難解である。結論を先取りするならばわれわれが人間のみが可能であるような自由意志を前提とした責任の議論はロボットに適用されないが、決定論と自由・責任が両立するとする両立論であるならばロボットへの責任は可能かもしれないというものである(78 頁)。そのうえでロボットに責任を帰属するとはいったいどういうことなのかも論じられる。

 第四章「この映画の撮影で虐待されたロボットはいません」では道徳的被行為者性という聞き慣れない概念について考察している。たとえば不正な行為をなすときにその行為を行った人とその不正を被った人がいるとしよう。その場合、後者について考えるのが道徳的被行為者性の議論である。本章では動物倫理学や環境倫理学の知見を用いることでロボットの道徳的被行為者性があるかどうかが議論される。現時点ではロボットを道徳的被行為者として扱う状況は存在しない以上、動物倫理ほど実践的な関心に基づいてこうした議論がなされているわけではない。しかしながら、こうした被道徳的行為者性の範囲から人間が機械から除外されるという状況も存在しえるなど興味深いことが書かれている。

 第五章からは先述したように具体的な問題を念頭に置きながら議論が展開される。ソーシャル・ロボット、プライバシーの問題、兵器としてのロボット、はたらくロボットについての問題である。とくに兵器としてのロボットを扱う第七章の戦争倫理やはたらくロボットについて考える第八章における感情労働や失業のことも絡めた問題設定は具体的かつシリアスな箇所なので興味深いものである。

 以上が概要である。本書はロボット技術を通して倫理学を学ぶだけでなく、実際現在世界で進展しているロボット技術について倫理学的に考えていくための方法を述べている点でとても素晴らしい本である。しかしながらいくつか問題がある。ひとつはロボット技術で扱うテーマが広すぎるというものであろう。たしかに現在のロボット技術の進歩の速度を考えるならば手を伸ばしたい気持ちはわかるのだが、これだけ広いものを一括にするロボット技術なるものは存在するのかということは気になってしまい、焦点がぶれている印象はあった。もうひとつは倫理学理論を紹介する箇所で一部抽象度が高くテクニカルな議論が頻出するものがあった。その議論が具体的にロボット技術を理解するために用いられているかも理解するのが難しく、このあたりはさらに専門書を読まねばならないであろう。とはいえ全体的に短くコンパクトにまとまっているのでこの分野について知るためには優れた一冊であることは間違いないであろう。

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