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そもそもの議論の前提を問う - 赤川学『これが答えだ!少子化問題』(ちくま新書)雑感 -

2022年06月13日

社会学
少子化
赤川学
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 少子化問題はかなり身近な問題である。自分が子供を持つか持たないかという個人の生き方にもかかわるし、今後日本という国がどのような発展を遂げるかについてもかかわってくる。そしてあまりにも身近な問題なので素人でもあれこれ言いやすいのも少子化問題の特徴だと思われる。「もっと子供をもつ親に手当を出すべきだ」「学費を無料にせよ」などわれわれの常識的直観に適合するような政策をやればもっと子供が増えるはずだ、と。

 今回紹介する赤川学『これが答えだ!少子化問題』(ちくま新書)はそうした一見効果がありそうな政策がむしろ逆効果になっていることを示そうとする一冊である。著者は過去に『子供が減って何が悪いか』(ちくま新書)という本を書いていることからもわかるように少子化問題そのものについて常識的な見解とは異なる角度から考察している。まずは簡単に概要を示そう。

 第一章では「女性が働けば、子どもは増えるのか?」では「女性の労働力率が高くなればなるほど、出生率も高くなる」という主張を批判する。「女性が働くこと」と「子どもを生むこと」の間にはどのような関連があるのだろうか。たしかに OECD 加盟国のうち一人あたり GDP が 1 万ドルを越える 24 ヶ国を対象にした女性労働力と出生率の散布図ではこれらの関連はとても強いものとされる(30 頁)。しかし、本書はこうした国際比較にはどういう国をサンプルにするのかについて恣意的であることや、OECD に限定する理由も不明であると指摘している(31 頁)。「一人あたり GDP が 1 万ドル未満」を超える国については OECD に限らず全世界から選んでくるのが常道なのである(33 頁)。国際比較をする際に選ばれる国の基準が恣意的であることの証拠として、たとえば先進国の条件を変えれば「女性が働く社会ほど、出生率は低い」という傾向を読み取ることもできるのである(35 頁)。むしろ本書が主張するには日本における地域別の出生率、都市化を検討するほうが有益である。すると都市化が進んだ都道府県ほど、出生率が低く、都市化が進んだ都道府県ほど、女性労働率も低いという関連があることがわかる(40 頁)。つまり、女性労働率と出生率との間に正の相関があるというのは擬似相関であり、都市化という第三の要素がマイナスの影響を与えているのである。このようにデータを取り扱う際の注意点を本書は示してくれている。

 第二章「希望子ども数が増えれば、子どもは増えるのか?」では「少子化要因の殆どは、結婚した夫婦が子どもを産まなくなっているのではなく、結婚しない人の割合が増加したことにある(61-2 頁)」という主張がメインに論じられる。夫の家事負担、育児負担は有意な影響が出産意欲に影響を及ぼさなかったことなども論じられており、われわれの常識的な見解とは異なる分析が見られ始める箇所でもある。また本書が指摘している点として出産意欲といった「意識」「願望」に影響を与える変数と実際に子どもを生むという「行動」に影響を与える変数が異なる可能性が検討されていないのではないかということが挙げられている。

 第三章「男性を支援すれば、子どもは増えるのか?」ではたとえ男性の収入を増えたとしても「女性が自分よりも経済的・社会的に有利な地位を持つと期待される男性との結婚を求める傾向を有する(85 頁)」といういわゆる上昇婚志向について論じられる。この傾向が存在する以上、男性の婚姻率を高めるような経済的支援や政策的支援は焼け石に水であるのだとう(91 頁)。ここでは匿名ブロガーの研究を引用しながら、女性が自分より年収の高い男性としか結婚したがらない事実を前提とするのなら、男女の収入の均等、教育機会の均等という格差対策を同時に満たすことができないとされる(94 頁)。この上昇婚の傾向はとても根深いものであり、詳細は論じられていないものの進化心理学的な論文がリファーされており、読者は気になればそれを読むことができる。

 第四章「豊かになれば、子どもは増えるのか?」では豊かさと出生率の関係が論じられる。たしかにわれわれの生活が豊かになると子どもを持つための余裕も生まれるだろうし、結果として出生率も増えそうではある。しかしながら本書によれば「第二次世界大戦全体を通してみれば「経済成長こそが少子化を推進してきた」とさえ言わねばならないのである(103 頁)」。また国際比較でみると豊かさと出生率には正の相関があるようにみえるが、ここでも先に述べたような一国内における出生率の地理的・地域的な分布が見逃されているのである(116 頁)。とくに重要なのは都市圏における出生率の低さであろう。これを改善する方策はいくつか考えられそうであるが、次章ではそれがうまくいかないことが論じられる。

 第五章「進撃の高田保馬」は他の章と異なり社会思想史的な側面を持っている。著者は高田保馬という社会学ではそれなりに知られているが外部ではそれほど知られていない学者の業績の再発見を行っている。著者によれば高田の主張は(1)豊かな国は出生率が低い(2)都市は周辺部に比べて出生率が低い(3)世帯収入の低い女性の子供の数は多い(4)歴史的には、豊かな階層の子どもの数は多いという四つの事実を理論的にすっきり説明できるという利点がある(164 頁)。また高田の主張から得られる現代的な教訓としてはよりよい結婚、出産、ワークバランスなどを求める現代の福祉的な対策では少子化はストップしないこと、そしてそれを前提とした社会のしくみを考えなければならないことであると述べる(169 頁)。

 第六章「地方創生と一億総活躍で、子どもは増えるのか?」では政策によって結婚や出生行動を左右できるという思い込みやその経済学的人間像を批判する(183 頁)。それゆえ興味深いことに著者は少子化の危機を不必要に煽らないことや、少子化対策を完了や政治家の手柄や政争の具にしないことを提案する(188−9 頁)。さらにステルス支援のすすめ、つまり少子化対策のもとに様々な福祉支援・経済対策を行うことをやめることを主張する(191 頁)。

 以上が本書の概要である。こうしてまとめてみると少子化問題について常識的に主張されているものとはまったく異なる別のアプローチから本書の主張は成り立っている。こうした試みがうまくいっているかは本書でもいわれるようにきちんと社会調査やデータを吟味することによって精査されるべきである。実のところ本書で紹介したポイント以外にも様々な論点、議論があり短い本であるが噛み砕いて読むのはなかなか難しい。もうすこし文量が多く概観を考察できるものをあらかじめ読んでから臨むといいかもしれない。

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