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友だちは百人できるかもしれない。 - ロビン・ダンバー(吉嶺英美訳)『なぜ私たちは友だちをつくるのか 進化心理学から考える人類にとって一番重要な関係』(青土社)雑感 -

2022年05月30日

書評
心理学
ロビンダンバー
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 友だちとはよく考えると不思議な存在である。家族でも恋人でもない不思議な関係だ。そして友だちはよく入れ替わるのも特徴である。進学先や住む場所でも違うし、お互いの状態が異なれば疎遠になったり、仲良くなったりする。最近では SNS の発展によってこうした友だち関係はオンライン上の関係も含めたより多彩で多様なものを含んでいるであろう。なるほど、人は一人では生きられない。たしかにそうである。では家族や恋人、仕事仲間だけでは足りないものはいったいなんだろうか。

 今回紹介するのはロビン・ダンバー(吉嶺英美訳)『なぜ私たちは友だちをつくるのか: 進化心理学から考える人類にとって一番重要な関係』( 青土社)である。著者のダンバーは「友だちの上限は 150 人まで」のダンバー数で有名なあのダンバーである。本書は彼の今までの研究成果や最近の動向を踏まえつつ、友だち関係がなぜ重要なのかを論じていく。本書は 400 頁ほどあるので全てを紹介するには長すぎるし、また本書の内容もそれほど一貫しているとは言い難い。それゆえ、評者が重要だとおもうところをピックアップしながら内容を紹介していきたい。

 友だちがいる状態がなぜ望ましいのかというとそれは孤独ではないからというのが一つの答えでありそうだ。つまり、われわれの精神的な痛みを和らげるために友だちが必要なのだ、と。しかし、ダンバーがいくつの研究を紹介しながら述べる友だちがいることの重要さはわれわれが思う以上なのだ。「つまり、あなたが将来、幸せになる可能性も、うつ状態になったり、肥満になったり、禁煙に成功したりする可能性もすべて、身近な友人の同様の変化と強い相関関係があることがわかったのだ。(12 頁)」。つまり友だちが幸せなら私も幸せだし、友だちが健康なら私も健康なのである。友だち関係が単に孤独といった精神状態だけでなくわれわれが幸せになるかどうか身体的健康にまで深く影響を及ぼすというのはかなりの驚きである。これは同時に社会的に孤立していることは単に寂しいであるといった状態のみを意味しないということでもある。ここでもダンバーはいくつかの研究を参照しながら社会的に孤立していることがわれわれの認知能力の低下や病気になる可能性が増えるといったものにまで影響を及ぼすことを紹介する。そしてダンバーは社会的孤立が危険であり、それを回避せねばならなければいけないこと、そして友だちを持つことはとてもよいことなのだということを次のように述べる。「友だちがいれば、病気や認知力の低下を避けられるし、ものごとにしっかり取り組むことができ、自分が住むコミュニティにとけこむことも、そのコミュニティに大きな信頼を寄せることもできる。(中略)友だちとは、私たちが困ったときに支援の手を差し伸べてくれる人たちであり、私たちと交流するために自らの時間(たぶんお金も)を喜んで提供してくれる人たちだ。(26 頁)」

 さて、こんなに大事な友だち関係であるがそもそも友だちとはどのようなものであるのか。ダンバーはごく日常的な定義として友だち関係とは互いに義務感をもっていること、助け合うこと、なかでも本当の友だちとは共に時間を過ごしたい、そのためには時間を積極的につくりたいような関係であるとしている(32 頁)。このような定義では家族とほぼ同じように思えるが家族と友だち関係の違いとして、誰を家族にするかは選択できないということもあるが友だち関係は維持するのにコストがとてもかかるという点がある(52 頁)。友だち関係は短い期間でそれなりの頻度で声をかけないと関係はすぐに消滅してしまうのである。

 とはいえ、そんな大変な友だち関係もできる数の上限はおなじみのダイバー数によって知られているように 150 人ほどが限度であるらしい。ダイバーは自身の研究を振り返りながら哺乳類の脳の研究などによってこの数字がはじき出された経緯を述べている。ここで注目すべきなのは 150 人の友だちがみな同じような友だちではないことだ。このことをダイバーは「友だちの輪」モデルを用いて説明している。つまり人間関係は一連の同心円で構成されており、どの層もすぐ内側にある層の三倍という一貫したパターンがあるのだという(81 頁)。たとえば、もっとも親しい友だち(五人)、親友(十五人)、良好な関係の友だち(五十人)というように。もちろん、こうした層の違いは友達付き合いの違いを生みそうだと考えられる。ダンバーは一番内側にいる友だちをサポート・クリークと呼ぶ。この層の友人たちは精神的、肉体的、財政的な支援を与えてくれる。そして 15 人の層は日常的に過ごす仲間たちのことであり、自宅に招いたり夜に飲みに行くような関係である。50 人の層は結婚式、葬式に招待するような友だちである。こうした議論からダンバーは第一に有意義な友だちの数は全体と体は少ないこと、第二に私たちの社会は階層化されており、層のサイズ、接触の頻度、感情的な近さもそれぞれの層で決まっているということを示している(108 頁)。

 このようにしてダンバーは友だち関係をめぐる議論は脳の構造、社会ネットワークなどを分析することによって示そうとしている。本書には他にもわれわれが友だちと過ごす時間の分析や無作為に選んだ二人の人々よりも友だち同士のほうが共通の遺伝子をもっている確率が高いなど興味深い知見にあふれている。他方で本書は内容よりも書き方のほうにすこし疑問がある。おそらく本書はダンバーのこれまでの研究の総まとめのようなものであり、なにか本書で示そうとしている大きな主張があるというわけではなさそうなのだ。それが本書を読む際に感じるある種の退屈さにつながっているように思われる。またオンライン上の友だち関係には悲観的なことも特徴である。今後ますますオンラインでのやりとりが質の面でも量の面でもアップデートされていくなかでこうしたダンバーの友だち概念は変わっていく可能性もあるのだろうか。本書は人間関係というまだまだ人類には断ち切れない関係を包括的に論じておりおすすめの一冊である。

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