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性格について考えるのは意外と難しい - 小塩真司『性格がいい人、悪い人の科学』(日経BP)雑感 -

2022年05月02日

書評
心理学
小塩真司
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 今回紹介するのは小塩真司『性格がいい人、悪い人の科学』(日経 BP)(以下、「本書」と表記する)。まずは内容を紹介しよう。

 第一章では性格を判定する方法が論じられる。一つは類型であり、もう一つは特性である。類型は古くから用いられていた方法である。「怒りっぽい人」「やさしい人」のように人をカテゴリに分類することで整理を試みるのである。血液型、星座占いも類型論に含まれる。このような分類法はとても古く古代ギリシア・ローマ時代にさかのぼるものである。もう一つの整理法は比較的新しいものであり、特性論と呼ばれるものである。性格を細かい要素に分けて一つ一つの要素を「量」「程度」などで表現するものだ。本書では特性論をロールプレイングゲームやシュミレーションゲームのキャラクターに例えている。例えば、攻撃が得意なキャラクターは攻撃力の数字が大きい一方で防御力が小さく、逃げるのが得意なキャラクターは攻撃力の値が小さい代わりに防御力や素早さの数値が高く設定されている。こうした表現は類型論でも表現できるが数値を用いることでより細かく表現できるのである。このメリットは人間の性格を表現するときにも当てはまる。類型論で人間の性格の変化を表現するには質的な転換が必要である。例えば明るい人が歳をとると真面目な人になり、さらに歳をとると温和になるというような。こうした変化は現実の生活で一気に起きているわけではない。日々、少しずつ変化していくと考えた方が理にかなっているであろう。また類型論では「世の中には全く同じ性格の人はいない」ことを表現するときに世界の人がそれぞれ全く違うカテゴリに分類することを意味することになる。これはとても困難だ。一方で特性論であれば 10 の特性を 10 段階で表すことで 100 億通りのバリエーションが可能になる。本書ではゲームのキャラクターにおけるパラメーターのようなものを人間の性格で表現するにはどうすればいいかを論じていく。

 第二章ではビッグファイブについて論じる。過去の研究の結果、人間の基本的な性格特性の大きなまとまりとして次の5つの性格特性が明らかになった。外向性、神経症傾向、開放性、協調性、勤勉性である。外向性とは 1 人よりもグループでの作業を好む人に多く見られる特徴である。重要なのは外向性とその反対の性格特性である内向性はどちらが良いと言うものではなくて取り組む仕事や作業次第だと言うことだ。外向的な人はより強い刺激を求める人とも表現される。神経症傾向は情緒不安定性とも呼ばれ、不安を感じやすく、くよくよしがちな性格特性のことである。この性格特性の傾向はネガティブな感情の生じやすさに関わるのだけれども、「注意の喚起」と言うメリットもある。何かが起きたときにどうしようと考えて準備をすることや不安がもたらす緊張は本番で力を発揮するための原動力にもなる。開放性は好奇心、独創的といった言葉で表現されるように、思考やイメージが柔軟であることや、臨機応変を好むといった特徴を持つ。協調性は優しい、親切といった単語で表現されるような「優しさ」と言う特徴を持つ。謙虚さや人の気持ちを察して行動するという傾向も見られる。このように描くと協調性は高い方がいいように思われるが、競争が必要な場面では不利であるし、他人の言うことを必要以上に信じてしまうのである。勤勉性は計画性のある、几帳面というような単語で表現されるように真面目であることに特徴がある。計画を立てて、きっちり守ろうというような行動が典型的である。興味深いのは勤勉性の高さは長寿と少しだけ関連性があるということだ。過度な飲酒や喫煙のない生活習慣と勤勉性は関連していることなどがわかっている。ビックファイブを用いることで「外交性は高く、神経症は中程度、開放性は低く、協調性は高く、勤勉性は中くらい」というように5つの次元それぞれを評価しているのである。

 第三章ではポジティブな性格特性について考察する。自尊感情、幸福感といった心理特性とビックファイブの関係性について考察している。例えば自尊感情が高いほど神経症傾向は低いことや他方で幸福感は性格特性との関連が低く、むしろ自分が所属する社会のあり方と関連していることなどが論じられる。このように一見似ているような心理特性もビックファイブとの関連性からさまざまなことがわかるのである。

 第四章では他人に感謝を表す心理特性や目標に取り組む心理特性や目の前の報酬に惑わされることなく大きな報酬のために我慢をする心理特性について論じている。ここでビックファイブとの関連性から、感謝はそれほど性格特性と関係がないことや、好奇心も好奇心の種類を区別することで関連度合いが異なることがわかる。ビックファイブを参照することで一枚岩であるとおもわれているものが実はそうではないということがわかるのだ。他方でグリットとよばれる意図的かつ意識的に物事をやり抜く心理特性はビックファイブの勤勉性と大きく関わっており、将来の成功に結びつくことなども紹介されている。続く第五章ではネガティヴな心理特性が論じられており、そうした性格特性は神経症的傾向と関連があるという特徴がある。

 第六章では自己愛、マキャベリアニズム、サイコパシーといった迷惑な性格について取り上げられている。こうした性格特性は互いにプラスの相関関係にある。こうしたいわば悪い性格が残り続けているのは異性にとって魅力的に見えたり、厳しいビジネスの競争を生き残っていく人が持っていることが多いなど単に迷惑であるというレッテルでは説明しきれない特性であるということがわかる。

 第七章ではもう少し大きな問題を取り扱う。専門的な話を踏まえながら、例えばポジティブな心理特性が全面的にいいものでないことなどが論じられる。ここで議論されるのは我々は「ある性格が良いかどうか」を中心に考えてしまうという我々の性格の捉え方が反映しているのかもしれないと本書は述べる。

 第八章では社会に望まれる性格について論じている。例えばコミュニケーション能力、主体性は就職活動でも重視されているがどのように定義されているのかは明確ではない。本書ではこうした能力が協調性、勤勉性、情緒安定性によって構成されるような安定性、外向性、開放性によって構成される柔軟性が就職活動によって評価されることなどが紹介される。とはいえ、理想的な人物像が広がるのも問題である。そうした理想像が成功のための必要条件であるとみなされる傾向が広がると、満たしていない自分を過小評価してしまい自尊感情が低いというようなことが起きる。本書では性格特性の多様性のためにも理想的すぎる要求に対して注意を促している。

 以上が本書の概要である。本書はおもにビッグファイブを参照しながら人間の性格について説明を行っている。とりわけ興味深いのはわれわれが似たような性格だとおもっているものが実はことなっていたり、あるいは「よい性格」であるとされているものが環境や状況次第では不利になったりすることもわれわれの経験と合致するものである。

 たしかに性格というのは他人を認知するときに極めて便利なものであるけれども、同時にある種のレッテルやステレオタイプを当てはめている可能性もある。本書はわれわれが他人に対して行う性格評価の多様性を明らかにしてくれる良書である。

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