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読み手にわかりやすい文章を - 本多勝一『〈新版〉日本語の作文技術』(朝日新聞出版)雑感 -

2021年11月15日

書評
文章作成
本多勝一
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 「そういえば日本語の文章の書き方がわからない」と友人に話したところ「おすすめである」と教えてくれたのが今回紹介する本多勝一『〈新版〉日本語の作文技術』(朝日新聞出版)(以下、『本書』と表記し引用する際には頁数のみを表記する)。文章を書くことはとても苦痛なことであり、このようにサラサラと書き出してみては「やはりダメ」だなと消す日々を繰り返している。そもそもこのブログは個人的な仕事として行っている一方で自分の文章能力を見つめ直すという側面も実はある。なのでこの段階で文章作成術に関する本を読むことは決して遅くはないだろう。多分。

 題名に「作文技術」とあるように本書の目的は読み手にとってわかりやすい文章を作成するための技術を紹介することにある。とはいえ近頃流行りの「ロジカルシンキング」、「クリティカルシンキング」とは異なることに注意したい。ロジカルシンキングなどがあくまで主張の論証関係やそのための文章構造が注目されるのにたいして本書は修飾語の関係や助詞の使い方を吟味することが重要視されている。そのため「論理的な文を書きたい!」というよりは「読み手に誤解されるような文を書きたくない!」という悩みに答える本であるといえよう。

 本書が提示する技術の紹介の方法はシンプルであるが強力である。まず例文が提示され文章の意味がとりにくい箇所や改善点が示される。そうしした作業から導き出される結論として文章の技術原則が提示される。例文は実際に存在する本から採用されたものや作者による創作などもあるが恣意的なものになっていない。また例文の構造をいくつかの部分に分解し、それらを複数の仕方で組み合わせ場合分けすることによってあらゆる可能性を想定したうえで原則を導こうとしている。以下では個人的に興味深い箇所を取り上げる。

 第三章「修飾の順序」では複数の修飾語の順序関係が考察の対象となっている。たとえば紙について「白い紙」「横線の引かれた紙」「厚手の紙」というような修飾語を当てることができる。そしてこの修飾語は「白い横線の引かれた厚手の紙」とも「横線の引かれた白い厚手の紙」と書いてもよいはずである。しかし著者によればここでは「節を先にし、句をあとにする。」という原則が適用されるという(53 頁)。著者自身の定義によれば「節」とは一個以上の述語を含む複文であり、「句」とは述語含まない文節である(50 頁)。上記の事例であれば修飾語の並べ方についていくつかの組み合わせが考えられるけれども「横線の引かれた」が「白い」、「厚手」よりも先にくる組み合わせのほうが読みやすいということが示される。

 続けて著者は第二の原則として「長い修飾語は前に、短い修飾語は後に。」の原則を示すのだが(66 頁)ここの議論はかなり興味深いものであった。まず著者は「初夏の雨がもえる若葉に豊かな潤いを与えた。」という例文を挙げる。この例文にある「初夏」「もえる」「豊かな」は修飾語である。ここで著者は「修飾語の長さによる順序関係」であることを示すために修飾語の有無、たとえば「初夏」を除いくなどの場合分けされた例文を複数あげる。する先にも上げた「長い修飾語は前に、短い修飾語は後に。」という原理が導かれることになるのだが話はそこでは終わらない。重要なのはこの原則は「主語と述語を近くすべし」といった文章論と同じではないということだ(67 頁)。たとえば次の例文を比較してみよと著者は述べる。

  • a. 明日は雨だとこの地方の自然に長くなじんできた私は直感した。
  • b. この地方の自然に長くなじんできた私は明日は雨だと直感した。

 この二例では b のほうがわかりやすいけれども主述関係は a よりも遠くなっていることに注意しよう。むしろ先に述べた原則である「長い修飾語は前に、短い修飾語は後に。」がここで適用されていることがわかるのである。

 このように本書は読み手にわかりやすい文章を書くための技術を丁寧にかつ厳密に示そうとしている。とはいえ本書にも問題点がないわけではない。例文として出される文章には多少癖のあるものが多く現代の人々が読むにはすこしばかり注意が必要であろう。またこのように体系的に原則を導出してくれるのはありがたいのだけれどもそれらの原則を一覧できる構成になっていればなおよかった。だがこうした問題点は決して本書の価値を損なうものではないし、いまでもおすすめできる一冊である。

 さて、このように書き終えてみると文章が上手になったかどうかはかなり微妙であることに気づく。文章技術本などをいくら読んでも実践しなければ身につかないという当然の事実に戸惑うばかりである。素振りをしても試合でバットを振らないことには上達は始まらないのであろう。

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