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今後、哲学していくために - 次田瞬『人間本性を哲学する』雑感 -

2021年10月11日

書評
哲学
次田瞬
B09CGHK9D4
B0912JDCPR

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 人間らしさってなんだろうか。他人に優しくしたりすることだろうか、それとも他人を徹底的に憎しむことなのだろうか。もしかしたら、人間らしさはそうした感情的なものとは異なる知性的なものかもしれない。たとえば、数学をしたり、言語を使うことは人間を他の動物から区別する一つの目安かもしれない。とはいえ、そうした活動も人間にそもそも備わっているものなのか、あるいは学習や文化の側面が大きいのか。考えてみると難しい問題である。

 今回紹介する『人間本性を哲学する』(以下、「本書」と表記し引用する際には頁数のみ表記する)は人間らしさ、難しい単語でいうと「人間本性」についての論争をまとめた興味深い本である。哲学史において「人間本性」という単語は珍しいものではなくたとえばスコットランドの哲学者デイヴィッド・ヒュームの著作のタイトルは『人間本性論』というまさにそのままのタイトルである。しかし、この本は過去の哲学者たちが議論してきたことをまとめるスタイルではない。現代における人間本性に関する研究、生物学や心理学の研究を参照しつつ、そこで生じた論争をまとめるスタイルになっている。

 まずは簡単に内容を見ていこう。

 「はじめに」では人間を合理的とされる人間の能力を「知能」、「言語能力」、「数学の知識」から検討すること、そしてそうした能力が「氏か育ち」なのか、「生得的か経験的か」、「経験に基づくのか基づかないのか」という観点からそれぞれ論じられることが予告される。

 「第一章 人間本性の科学史」ではダーウィンの進化理論、優生学、環境の影響、遺伝仮設の復権など論じられる。「生まれ」の理論と「育ち」の理論が交互に優勢になる歴史を概観しながら以後の論述にとって重要な問題となる概念や考え方が紹介される予備的な章になっている。

 「第二章 知能」では知能テストと遺伝についての紹介があり、知能が遺伝なのか環境なのかについての問題が論じられる。また人種の問題や能力主義の問題にも触れており、知能の問題が社会的問題であることがわかる。

 「第三章 言語」では言語を獲得する際に生まれを重視する生得主義と呼ばれる立場とそれへの批判が論じられる。また言語獲得だけではなく言語の起源に関する論争にも触れられ、文化進化によって生じたものなのか、自然選択によって生じたものかについての議論も検討される。

 「第四章 数学」では数学とは題されているものの認識論、つまり知るとはどういうことかについての議論が紹介される。アプリオリとアポステリオリの区別を皮切りに知識は経験に基づくのか、あるいはそれ以外なのかが検討される。

 「おわりに」では本書の議論、主張が要約され、控えめではあるが著者自身の見解が述べられる。

 以上が本書の概要である。見ればわかるように様々なトピックが論じられ、読んでいてとても勉強になった。また文献紹介も丁寧になされており、今後気になる分野を読み勧めていく際にも頼りになる。以下ではいくつか気になるポイントを挙げながら感想を述べたい。

本書のスタイルについて

 知能、言語といったトピックについて様々な分野の知見を参照しながら総合的に論じるスタイルはダニエル・デネットやスティーブン・ピンカーを思わせるものがある。今後、言語や知能について哲学するためには(当然のことではあるが)常にこうした分野の知見をアップデートする必要があるのだろう。また著者自身が本書の目的を「ジャーナリスティックに紹介すること(23 頁)」と述べているように予備知識を必要とせずに読み進められるように本書は構成されている。たとえば、遺伝の仕組みや知能テストについてはかなり紙幅を費やしている。

 このように本書は様々なテーマを初学者にもわかるように解説しようとしているがその試みはうまくいっているだろうか。確かに予備的な章や節を設けることで学習的な構成にはなっているものの通読するうえでは多少退屈なところでもあり、またその解説に集中しすぎてそもそも何の話だったか忘れてしまうこともあった。このあたりは私にも問題がある。また「知能」、「言語」、「数学」というトピックがそれぞれ独立したトピックであるので一冊の本として体系的に読むための仕掛けを施してほしかったという気持ちもある。

哲学するってどういうことなの?

 本書は様々なトピックについて勉強するための解説書として優れていることは間違いないのだが『人間本性を哲学する』というタイトルにある「哲学する」とはなんだったのかという印象もある。本書のスタイルを考えてみるのならいわゆる「心の哲学」や「哲学的自然主義」が思い出される。哲学的自然主義の解説書、植原亮『自然主義入門』ではプラトンがソクラテスに語らせる洞窟の比喩、政治哲学者ジョン・ロールズが用いた無知のヴェールを「思考ツール」としてとらえ自然主義の輪郭を捉えようとしていた(植原 2 頁)。このような方法論が提示されることで「そもそも哲学ってなにしてるの?」という素朴かつ重要な疑問がとりあえずはクリアになる。本書は扱っているトピックが哲学史的にも重要であることやそのトピックに関する哲学的な論争があったことまでは十分に触れられていたが、今後この分野で哲学していくとはどういうことなのかという点には触れていなかったように思われる。そのためこうした分野(とりわけ知能や言語)において哲学者が果たす役割とはいったいなんであるのかわからないのである。

 本書は人間の諸能力の研究に関する優れたサーベイである。そして本書を読んで興味を持ったのなら紹介されている文献案内を通じてさらに学ぶことができるであろう。常に手元に置いておきたいそんな本である。

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